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長野地方裁判所伊那支部 昭和63年(ワ)57号 判決

原告

橋本利一

被告

伊那農業協同組合

主文

一  原告の請求を棄却する

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告は原告に対し、金二、七〇〇万円及び右金員につき昭和六二年八月九日から支払い済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

第二事案の概要

一  本件は交通事故による死亡共済保険金等の支払いを求める事件である。

二  争いのない事実

1  原告の息子橋本正宗は昭和六二年七月二八日午後八時ころ、普通乗用自動車(八松本け二八六七、以下事故車両という)を運転中に自車を伊那市西春近二、四三一番地先路上において、道路右側のコンクリート電柱に衝突させて横転させる事故を起こし、同年八月八日午後〇時二五分に駒ケ根市内の病院において右事故による脳挫傷等の傷害が原因で死亡した。

2  正宗と被告の間には次のとおり、正宗の死亡時に被告が正宗に対する共済金の支払い義務を負担することを内容とする保険契約が締結されている。

イ 養老生命保険契約

契約番号 三八七九番

契約日 昭和五〇年一一月二二日

被共済者 橋本正宗

共済金額 一、五〇〇万円

支払原因 被共済者の交通事故、災害などによる死亡

ロ 自動車共済契約

契約日 昭和六一年八月七日

契約番号 一八〇五一番

目的車両 事故車両(八松本け二八六七)

共済金額 一、〇〇〇万円

支払原因 搭乗者の死亡または後遺傷害

ハ 傷害共済契約

契約日 昭和六二年二月七日

契約番号 八八六一番

被共済者 橋本正宗

共済金額 二〇〇万円

支払原因 被共済者の交通事故などの傷害による死亡

3  原告は正宗の法定相続人であるところ、同じく同人の相続人である橋本和子と遺産分割協議により右正宗の各共済保険金請求権を承継取得し、その支払を請求したが被告は正宗の本件交通事故死は同人の飲酒及び時速八〇キロメートルの高速による運転の結果であり、各保険約款の支払拒絶条項に該当するとして各共済金の支払を拒んだ。

三  争点

正宗の本件交通事故死には各共済保険約款に定める被共済者の重大な過失または酒に酔つて正常な運転ができないおそれがある状態で起きたものか。

第三裁判所の判断

一  本件事故の状況

1  本件事故現場は道幅約五メートル前後の緩いカーブであり、事故車両はカーブを曲がりきつた付近の進行方向右側の側溝を超えて道路を飛び出したうえで道路右側の電柱を支えるワイヤーロープに接触し、さらに右電柱に衝突して車を半回転させたまま横転したものであるが、当日の現場の路面は乾燥しているが道路上にはブレーキ痕は認められなかつた。(甲第八号証の一乃至七、乙第一号証)

2  事故後、事故車両の左前扉の下付近から採集した正宗の血液からは微酔の状態に相当する血液一ミリリットル中に〇・五九ミリグラムのアルコールが検出された(乙第二号証、証人高野学、同湯本弥助)。

二  右状況によれば、本件事故は正宗が飲酒の影響により正常な運転が困難な状態で制限速度を超えるスピードで本件事故現場のカーブを曲がろうとしたために運転を誤つて発生したものと認めるべきである。但し本件事故に酒の酔いの影響があつたとすると右カーブの状況からみてこれを曲がりきれなかつだのはある程度の高速度のためとは推測できるものの当時正宗が時速八〇キロメートル以上の速度を出していたかは本件の各証拠は認定に充分とはいえない。

1  原告本人の供述では正宗は事故車両の運転開始前に酒は飲んでおらず、事故車両に積んであつた消毒用のエタノールの瓶が、本件事故により割れて車内の正宗の血液に混入したために血液中からアルコールが検出されたとする部分がある。

しかしながら、証人高野学は本件の事故車両内から血液を採取するときにフロントガラスなどの粉状に割れた車のガラスの破片は認めているがエタノールの瓶や瓶が割れたと思われるガラスの破片の存在には気がついておらず、鑑定結果についても濃度が純粋のアルコールに近い高濃度と考えられるエタノールが血液に混入すれば、その採集までに揮発して濃度が低下することを考慮にいれても極めて高い血中濃度が測定されているはずであり(証人湯本弥助)本件程度の濃度では消毒用エタノールの混入は考え難いと言わねばならない(なお、湯本証言は仮に血液中に一シーシーのエタノールが入つたとしても高い濃度の鑑定結果がでることを指摘しているのであり、本件においては原告の主張するような八〇シーシーのエタノールが入つた瓶が割れるか蓋が取れて中身が飛散すれば、さらに多量のエタノールが採取場所の血液に混入する可能性が強いと認められる。)。

証人酒井巌、同橋本和子の証言では正宗は本件事故当日会社から帰つて、出掛けるまでは自宅におり午後七時ころには酒を飲んでいる様子はなかつたし、出掛けたあとの自宅にも正宗が飲酒した形跡はなかつたとするが、両証言とも正宗を直接見たのは同人が出掛ける一時間近く前のことであり自宅を出るところは誰も見ていない。また、本件事故は車で父親である原告を迎えに出た際に起こしたものであるところ、原告は正宗に迎えを頼むために午後八時前に自宅へ電話し同人と話をしているがその口調には酔つた様子はなかつたとする(原告本人尋問)。しかしながら、右は電話での会話であつて正宗と対面してのものではなく、以上の各証拠は同人が自宅を出る時に酒気を帯びていなかつたとの証拠とは認められない。

以上のとおり本件事故現場の血液から検出されたアルコールが正宗の飲酒によるものではないとの原告の主張は血液鑑定の結果を覆すだけの証拠がなくこれを採用することはできない。

2  原告は本件事故は事故現場の進行方向左側の会社の駐車場から急に出てきた車を避けようとして起こつた事故で正宗に過失はないと主張するが、本件事故の原因について原告主張を裏付けるに足りる証拠はなく右主張は採用できない。

三  以上の事実によれば本件事故が共済保険ロ及びハの各免責約款に該当することは明らかである。イの保険約款は「被共済者の重大な過失による災害」を保険金支払いの免責理由としているところ、正宗が本件事故当時に泥酔状態にまではなつていなかつたことは前掲乙第二号証からも窺われる。しかしながら、前記一、二認定のとおりに本件事故現場の緩やかなカーブを曲がりきれずに起こしたというもので飲酒の影響で平常の運転操作ができない状況で制限速度をかなり上回る運転をしていたことは推測できるところであつて、本件事故は被共済者の重大な過失が原因となつて引き起こされたというべきである。

したがつて、本件交通事故は本件各保険約款の支払い拒絶条項に該当すると認められる。

(裁判官 鎌田豊彦)

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